2010/09/24 17:47 サンド島基地
太陽が一日の役目を終え、最後の力を振り絞るように辺りを紅く染め上げている。
格納庫の前に用意した長椅子にバートレットとフリーカメラマンのジュネットが座ってコーラを飲んでいた。
遠くの砂浜では二人と一匹の影が見えた。
バートレットの取材のため来たのだが、例の事件の一部始終を見ていたためにサンド島から出られなくなり、
さらには、サンド島基地司令であるオーソン・ペローから仕事道具兼相棒である一眼レフを奪われた。
そんな不幸カメラマンの隣に座るバートレット大尉はさっきまで続いたであろう命令違反へのお叱りを気にする風でもなくけろりとしている。
「譴責なんて珍しくもねぇ、万年大尉さ。」
自嘲するように鼻で笑うバートレットはキンキンに冷えたコーラのビンを傾けた。
ジュネットは不安そうにそれを見て
「戦争のあったことを伏せるのは、何者なんでしょうか?」
「あのな、この海の向こうっていや―ユークはムルスカの航空基地しかねぇんだぜ?」
「でも、ユークトバニアは、15年前の戦争以来の友好国じゃないですか」
バートレットの科白に信じられないとジュネットは答えた。
15年前―ベルカ戦争がおきた。
オーシア大陸の北に位置するベルカ公国は、ウスティオ共和国での資源発見を機に、
旧領であるウスティオ共和国、サピン王国そしてオーシア連邦に攻め込み火蓋を切った。
一時は各国のかなりの部分を占領したが、オーシアおよびウスティオを中核とした各国連合軍の反攻により本土に追い込まれる。
ベルカ戦争は、ベルカ公国が自らの核兵器を自国内で使い多くの犠牲者を出し、終止符を打った。
「だからよ、あっちの中で何が起こってるのか今頃釈迦力になって確かめようとしてる連中も居る。」
遠くに居る影たちがこちらへ向かっているのがジュネットの視界の端に映った。
「ホットラインがじゃんじゃかなってるはずだぜこの国のどこかでは
この国のどこかでは悪戯に庶民の敵愾心煽るのが政治の仕事じゃねぇのさ。
ただな、軍人の石頭に理想はつうじねぇのさ。」
未だ納得できないといった風に顔をしかめていた。
「奴ら、口を噤めと一言言いやぁこの情けねぇ秘密主義。あんたにはすまねぇことだがな…」
バートレットは今回のジュネットの件で負い目を感じている様だった。
ジュネットは首を横に振った。
「いや―あなた達と居られるからいい。」
「いちばん撃ちたくないのは隊長なんだよ。」
不意に背後で機体の整備を行っていたピーター・N・ビーグル の科白にジュネットは訝しそうに振り向いた。
『おやじさん』と慕われているピーターの笑みは彼の信頼を頷けるほど優しいものだった。
「それは、どういう意味なんですか?」
ピーターはずいぶん近くまで来た人影に目を向けながら続けた。
「隊長は、ユークに恋人が居たのさ。」
予想だにもしなかったピーターの言葉にジュネットはバートレットを見た。
彼は、苦笑いを浮かべて
「なあに、古い戦争の傷跡さ。」
そう言ってコーラの残りを煽った。
ラブラドール・レトリバーのカークが一足先に駆け寄り、ぬれた鼻先をジュネットに押し付けた。
優しくなでると気持ちよさそうに目を細める。
「よぉ、ジュネット。隊長の愚痴でも聞いてたのか?」
カークの飼い主であるチョッパーがフリスビーを弄びながらニヤニヤしている。
「聞いたよジュネット。あの豚野郎にカメラ奪われたんだって?」
その数歩後ろにいたティルはかわいそうに、と続ける。
「それに加えて、この基地からは出られないんだろ?」
「あぁ、でも退屈はしないさ。」
そういってジュネットは笑った。