入学式から一週間。
ようやく教室にも、真新しい制服にも慣れ始めた生徒たちは新しい学園生活を築こうとしていた。



少しだけ開かれた窓から春の暖かい風と共に桜の薫りが舞い込む。
秋は窓から見える登校風景をぼんやりと見ていた。
耳に繋がっているイヤホンからは曲が流れる。
机の上には使い古されたウォークマンと数枚のMD。
春風が秋の長い前髪に戯れる。
されるがままに、ポカポカとした春の陽気に眠気が誘われていく。

(ギター…弾きたい。)

イヤホンから流れるギター音に秋は思った。
中学からギターに興味があった秋に高校進学の祝いと父母がギターを買ってくれた。
兄の哲からは好きなアーティストのギターソロの楽譜をもらった。
それからというもの毎日のようにギターに触った。
指が弦によって擦れてヒリヒリして痛い。
しかし、痛みよりもギターを弾く楽しさが勝っていた。
自然と曲に合わせて指が動く。

「おはよう。」

ふと、声がかかった。
イヤホンをつけているせいでよく聞こえなかったが。
前に人影がある。
見れば、前の席の男子生徒が秋を見ていた。
イヤホンを外し、挨拶を返せば彼は静かに席に座った。

「何、聴いてんだ?」
「バンプ…とか。」

ふーん、と彼は相槌を打つと、机に置いてあるMDを手にとった。

「志波夏樹。あんたは?」
「久木秋。」
「秋、ね。よろしく」













昼休み。
二人は屋上で昼食をとっていた。
春の日差しと風がとても心地よい。

「あったかいな。」
「干される布団ってこんな気分なんだろうな…。」

持ってきた昼食を出しながら秋は言った。
一瞬返答に迷う夏樹だったが、今度こそ口を噤んだ。

「…なぁ、そんなに食えんのか?」

秋の出した昼食は、夏樹のご飯の3倍はあった。

「うん。」

メロンパンの袋を開けながら秋は頷く。
その時、階段へと続くドアが遠慮気味に開けられた。
少しの隙間から男子生徒が顔をのぞかせる。

「あっれ…夏樹じゃん!」
「冬流…。」

冬流と呼ばれた彼と夏樹は顔見知りのようだ。
秋はパンを頬張りながら様子を窺うことにした。

「よっす、あのさー…ぎゃぁ!!」

突然冬流が前のめりになって倒れ、転んだ。
二人は唖然とそれを見る。
開け放たれた扉からは小さい足が覗いていた。

「んなでっけぇ図体で扉を塞ぐな!俺様が通れねぇだろうが!!」

現れたのは小さい少年。
一見すれば小学生か中学生のように見えるが、秋たちと同じ制服を着ているから高校生だろう。

「小学生?」
「いや、同じ高校だろう。」

夏樹と秋は小さい生徒を見て言った。
そのとき、えらい剣幕で小さい生徒は秋たちを見やる。

「そこ、ちっさいって言ったか?」
「地獄耳だな…。」

夏樹はぼぞりと呟いた。

「ってぇな。春哉!蹴ることないだろ!!?」

起き上がって叫ぶ冬流の声を春哉と呼ばれた小さい男子生徒は耳を塞いでやり過ごす。

「いったろ?でかい図体で俺様の道を塞ぐな。」









「俺は、和田冬流。夏樹とは小学生からの親友なんだ。」
「嬉しくないがな…。」
「辛かったろう…色々。」 

夏樹の科白に春哉は労わりの言葉をかける。

「チビ!何勝手なこと言ってんだよ!」
「チビ言うな!俺は狩野春哉って名前があんだよ!」
「勝手なことってな…お前とのこの十年、俺はどんなつらい日々を送ったか…。
 やっと高校で離ればなれになれるかと思ったら…。」

夏樹はワザとらしく大きな溜息を吐いた。

「え、夏樹!!?」
「可哀想に…」
「んだよ、春哉まで!!」

そんなやり取りを秋はパンを齧りながら傍観していた。
ふと、遥か上空にいるトンビに目が奪われる。

(気持よさそうだな…。)

「お前は?」

視線を三人に戻せば目の前には冬流の顔があった。
どうやら話題の矛先は秋になったようだ。

「久木、秋。」
「シュウ?漢字は?」
「アキ、季節の」

突然、冬流はひどく驚いた表情になった。
秋はびくりと体を震わす。

「マジ!!?」
「今度は何だよ、冬流。」

うんざりとした表情で夏樹は言った。

「すっげぇ、俺たち4人合わせて『春夏秋冬』!!」
「「「は?」」」

一人盛り上がる冬流に三人は顔を見合わせた。

「すっげえ!これって運命?ディスティニー!!?」
「んなことより、飯食うぞ。次移動なんだから。」

春哉はそう言うとコンビニ袋から1リットルの牛乳パックを取り出した。
それに秋と夏樹はギョッと目を皿にした。
訝しそうに春哉は二人を見る。

「何?」
「それ、1本飲むのか?」
「もち。」

春哉は二人に意味不明のVサインを送った。