放課後、春哉たちは第2音楽室のプレートを見上げていた。
「ここで何の部活やってんの?」
「さぁ?」
「さぁって…。」
顔を見合わせる3人に対し、秋は躊躇いもなく教室のドアを開ける。
教室の中は案の定誰もいない。
電気も消され、薄暗い教室はどこか不気味だ…。
しかし、秋は恐れることなくズカズカと教室に踏み入る。
「お、おい、秋!!?」
「誰もいないぞ?」
夏樹たちは戸惑いながらも秋に続いて教室に入る。
秋は少し奥で何かを眺めていた。
「バンド?」
「うん。」
眺めているのを見た春哉の言葉に秋は頷いた。
朝のまま、教室の端に追いやられたギターたちは寂しそうに身を寄せ合っている。
「軽音部なんてあったっけ?」
部活一覧表の紙を見返した冬流は首を横に振った。
「―あれ?」
4人のものではない声が教室の空気を震わせる。
恐る恐る見れば教室の入口に一人の男子生徒が立っていた。
肩に鞄をさげたままぽかんと4人を見ている。
「見ない顔だな…一年?」
4人は同時に頷いた。
少し長い前髪からのぞく鋭い眼が秋たちを見やる。
「勝手に入ってすみません…。」
夏樹の科白に彼は優しく笑った。
「別に、ここは俺たちの場所じゃないし…。」
「よっす、藤原。…あれ、そいつらは?」
藤原と呼ばれた彼は新たにやって来た短髪を茶色に染めた男子生徒に軽く挨拶を返す。
「おつかれ、新藤。後藤は?」
「今日、日直らしい。で?」
新藤は秋たちを見て、再び藤原に問い、藤原は首をかしげる。
そして、新藤は思い出したように拳で手のひらを叩いた。
「あー、もしかしてキムティの言ってた少年?」
「き、きむてぃ?」
冬流は新藤の言葉を反芻する。
「音楽の木村先生。キムラティーチャー、略してキムティ。」
「なーる。」
冬流は納得した。
「キムティが何言ってたんだ?」
「なんか、俺らの活動に興味がありそうな1年がいたぞーって」
新藤は秋たちを指さし、こいつらだろ?と藤原に言った。
「じゃぁ、君ら見学?」
「部活、何ですか?」
春哉の質問に藤原と新藤が顔を見合わせた。
「部活っつうより趣味?」
「一応キムティが面倒見てくれてるけどなぁ。」
「おーっす。」
その時、またひとり教室にやってきた。
眼鏡を掛けた男子生徒は新藤と藤原に気だるく挨拶する。
「お疲れ〜、後藤。」
「見ろ、一年だ一年!!」
新藤は珍しい生物を見つけたように秋たちを指さす。
後藤と呼ばれた生徒は珍しそうに秋たちを見た。
「おっ、見学?」
「たぶん。」
「紹介するよ。」
藤原は秋たちの隣に立った。
ほかの二人は並ぶように目の前に立つ。
「俺たちはバンドっつてもコピーバンドだけどな、藤3っていう名前でやってる。新藤から、自己紹介。」
「俺は、新藤。藤3のベース担当。よろしく。」
人懐っこい笑みで新藤は二カリと笑う。
「後藤だ。ドラムスをやってる。よろしく。」
「そして、俺が藤原。ギターとヴォーカルな。俺たちは全員三年だ、よろしく。」
「「「「よろしくお願いします」」」」
四人は深々と一礼する。
「じゃぁ、次はお前らの紹介。」
藤原は新藤の隣に立って秋たちと向き合う。
「…久木、秋です。」
「志波夏樹です。」
「和田冬流!」
「狩野春哉です。」
「四人合わせて、春夏秋冬でっす!!」
決め台詞かのように冬流が叫ぶ。
し―…ん、と教室が静まり返った。
春哉は冬流の腹を夏樹は頭を同時に殴る。
「おもしろいなー…。」
そう呟いたのは新藤だ。
「君らバンドに興味あるの?」
「あります!」
「ぅえ!そうなの?!」
即答したのは秋だ。
ほかの三人は驚いたように秋を見る。
「まぁ…そうらしいです」
夏樹がまとめた。
「聞いてくか?俺らの…ってもコピーバンドだけど…曲。」
藤原の提案に秋は力強く何度も頷いた。
楽器やアンプをセットし彼らはそれぞれの位置についた。
藤原はマイクに電源が入っているか確認、そして、新藤、後藤の順に一目。
新藤は頷き、後藤はスティックを数回振ってが準備完了の合図を送る。
し―…んという緊迫な雰囲気に秋たちは息をのんだ。
後藤がスティックを数回鳴らす。
それを合図に張詰められていた教室の空気が破壊される。
リズムを刻むドラム。
唸るベース。
謳うギターと紡がれる歌詞。
それが一つとなって『音楽』を創りだす。
秋は鳥肌がたった。音が体にあたるのがわかる。
とんで、はねて、はじける音。
その中心に立つ藤原たちに秋は目を奪われていた。
「すごかったな!俺、まだ震えてるよ!!」
赤く染まった空の下で歩きながら、興奮した冬流が言った。
「かっこいいよなー!!」
くぅーっと冬流は拳を握りしめた。
夏樹も春哉も未だにあの音に圧倒されている。
「すごいよなぁ、あの先輩たち。」
学校から今に至るまで、この話題でしか話をしていない。
しかも、どれもがすごいとか上手という言葉しか出てこなかった。
「…。」
秋は腹の底から何かがふつふつと湧き上がっていることに気付いていた。
それがいまにも溢れ出しそうで、抑えきれていない。
今までにこんなことがあっただろうか…。
秋の今までの人生の中で初めての感情。
秋の中で、何かが溢れ出した。
「なぁ!」
秋は今までにない大きな声で言った。
ほかの三人が立ち止まった。
秋の目が爛々と輝いているのは夕陽のせいだけではないだろう。
「バンド、やろうぜ!!」
秋の科白に。三人は驚いた表情をとる。
「俺たちも、先輩みたいにさ!!」
「本気か?」
「もちろん!!」
夏樹の言葉に秋は力強く頷く。
「冬流じゃないけど、俺たち春夏秋冬。これはきっと何かの運命なんだ!」
秋は豪語した。
それに冬流が続く。
「ディスティニーだな!!」
冬流は秋と肩を組んで、夏樹と春哉をみる。
「俺も、バンドやりたい!!俺たち、っつても夏樹は小学校からの仲だけど…出会って数日だけど、絶対なにかあるって!」
冬流は力説する。
「俺たち、春夏秋冬で、バンド組もうぜ!!?」
夏樹と春哉は顔を見合わせた。
「バンド、やろうぜ!!」
秋はもう一度いう。
二人は同時に頷いた。