格納庫の中は常に暖かい。
一年の中で半分以上が冬であるヴァレー空軍基地では、
すぐにでも戦闘機が出撃できるように格納庫の中は常に暖房がきいている。
任務やフライトがない時、大半俺は自分の機体がある格納庫で過ごしていた。
コックピットの中に入れば落ち着くし、とても安心できる。
最初、整備士(名前は知らない)は訝しそうにこちらを気にしていた。
しかし、数日通えば慣れたようで今はもう気にしていないようだった。
今日も同じようにコックピットの中にいた。
特にすることなく、ただぼんやりと動かないメーターを眺める。
「よぅ、相棒。」
いつの間に来たのかピクシーがコックピットを覗きこんでいた。
少し、驚いた。
「どうした?」
「いや、姿が見えないからな…。」
もうすぐ昼時だろ。
その科白にそういえば、お腹が空いてきたと気づく…。
機体から降りる。
ふと、ピクシーが格納庫を見渡した。
「アルは?」
「誰?」
彼の質問に質問で返す。
それに対してなのか、質問についてなのか彼は驚いているような、
呆れているような表情をとった。
「お前…。」
ピクシーは何かを言おうとしたが、途中でやめる。
そして、一度溜息。
「アルってのは、アルフレッド・ヴェグナー。俺たち専属の整備士だ。」
「へぇ…。」
「へぇってな。お前、前の相棒の名前憶えてないだろ。」
「まさか…。」
そう笑う俺に、ピクシーは言ってみろと促す。
俺は名前を…。
名前…。
……………………………………。
「どうした?」
「…忘れた。」
否、憶えてすらいないと思う。
顔はわかるが…。
さらに大きな溜息が聞こえた…。
「今度、アルを紹介してやる。」
「よぅ、アル。」
ピクシーは油で汚れたツナギ姿の男に片手をあげた。
彼が、俺たち専属の整備士らしい。
記憶を辿れば、格納庫で何度か見かけている。
「何だ、片羽。あんたの機体は整備終わってるぞ」
不備でもあったか?と問う整備士。
それを苦笑い気味にピクシーは否定した。
「ちょいと、あんたを紹介しようと思ってな…。」
「誰に?」
ピクシーは答える代りに俺を顎で指す。
それに整備士はきょとんと眼を丸くした。
「は?こいつって…。」
「まぁまぁ、とりあえず黙って紹介されろ。」
反論など聞かずに整備士を俺の前に突き出す。
「サイファー、コイツが俺たちの専属の整備士。アルフレッド・ヴェグナーだ。」
「わかった…」
「で…?」
話の続きを整備士であるアルフレッドは無理矢理促そうとした。
「これで終わり。」
「なんだ…?コイツは俺を知らなかったのか?」
アルフレッドは俺を睨み付ける。
「いや、何度か見たことはある。」
「何度かだって!?俺はアンタが格納庫に来るたんびに見てるぞ!」
そうなのか…?と溢す俺に力強く彼は何度も頷く。
「アンタは気づいてなかったがな、整備中なのにずかずかとコックピットに上がってく…気が散るんだよ!」
「話しかければよかったじゃないか」
ピクシーの科白にアルフレッドはとんでもないといった風な表情をした。 怒ったりなんだりコロコロ変化する表情。
忙しい奴だ…。
「コイツ、いかにも話しかけるなって感じのオーラ出してんだよ。」
「あぁ…。」
ピクシーは理解したような曖昧な相槌を打つ。
「まぁ、サイファー此れからはよろしくやってくれ」
ピクシーの科白に俺は頷いた。
ガチャガチャと機械を弄る作業音。
俺は何故か息を殺して格納庫に入った。
俺の機体の下に整備士のアルフレッドがいる。
「…」
足音を立てぬよう機体に近寄り、下を覗く。
「何か用かよ?」
俺は驚いた。彼は此方に気付いてたようだ。
「いや…あ、と…」
「ソコのスパナとってくれ」
俺の足元にある道具を彼は指差す。
戸惑いながらその中から一つ取り出す。
「違う、その隣のやつだ」
「…これか?」
「あぁ、ありがと」
アルフレッドはスパナを受けとると作業を再開した。
暫くの沈黙。
なにもすることもない俺には其はとても重く思えた。
必死に頭の中で話題を探る。
「なぁ、アルフレッド…」
「アルで良いぞ」
手を止めずにアルフレッドは言った。
「アル、楽しいか?」
「まぁ、な…機械弄りが好きだからな。」
「そうか」
「アンタだって、此に乗って楽しいだろ?それと同じだよ」
ガチャガチャと金属がぶつかり合う音。
「楽しい、のかな?」
「なんで疑問文なんだよ」
呆れた声。
アルフレッドは俺を訝しそうに見た。
服越しの、ドックタグを握る。
「まぁ、お前にどんな理由があるか知らんが、俺はあんた等の機体をメンテするのが仕事だ。」
機体の下から出てきた彼は一度大きく背伸びする。
骨の鳴る音が聞こえた。
「お前らが無事に帰ってこれるように、早くこの戦争が終わるように…。」
―嫌い、戦争なんて…。
―お願い、ユーリ…無事に、
アルフレッドの科白にあの人の顔が浮かんだ。
そして、悲しげな、不安そうに言うコエも。
いつの間にか、強く、奥歯を噛締めていた。
「ちょっくら、休憩だな…。おい、ユーリ。」
アルフレッドを見上げる。
彼は笑みを浮かべ此方を見ていた。
「プリン食いに行こう。」
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